みなさん、こんにちは!航です。
今回は「雑談シリーズ」として、私たちの世代なら誰もが一度は通ったであろう「ポケットモンスター」をテーマに語りたいと思います。
ゲーム機の進化とともに歩んできた私たちの冒険。皆さんの原点はどこですか?
💿 平成初期:『金銀』という「伝説」の幕開け
1999年、ゲームボーイカラーで発売された『金銀』。 初めて出会った総数251匹という数多のポケモンたち、カラーだからこそ生まれた昼夜の概念など、あの時の感動は今でも鮮明に覚えています。
思い出: カントー地方にも行けると知った時の、あの「世界が2倍になった」衝撃。ひでんマシンの不便さ(メインポケモンに「いあいぎり」を覚えさせてしまった絶望)笑
PT視点の回想: 寝る時間になってもやりたくて親の目を盗んでやっていました。当時はバックライトがない小さな画面を、街灯で照らして覗き込んでいました。あの頃の「眼精疲労(デバフ)」は、今のブルーライト以上だったかもしれませんね(笑)。きっと私の「乱視」という生涯の「状態異常」はこの時に始まっていたのかも・・・。
🎮平成中期:『ルビサファエメラルド』と『ダイパプラチナ』の熱狂
ハードが進化し、遊びの幅が劇的に広がった時代です。
ルビー・サファイア・エメラルド: アドバンスの鮮やかな色彩。水たまりに移る主人公。「ひみつきち」や「コンテスト」「バトルフロンティア」に、冒険以外の楽しさを見出しました。
ダイヤモンド・パール・プラチナ: ニンテンドーDSの2画面へ。地下通路での化石掘りに、「バトルタワー」、「なぞのばしょ」の幽閉・・・。気づけば姿勢が「くの字」に固まっていました。
【PT航の分析】 この頃の私たちは、通信ケーブルを引っ張り出したり、DSを必死に覗き込んだり……。理学療法士として今振り返ると、ストレートネックの種をまきまくっていた時代でした。でも、その首の痛みすら忘れるほど、あの小さな画面には無限の冒険が詰まっていたんです。
⏳時は流れ令和へ:最新作『Pokémon Legends Z-A』への進化
そして時代は流れ、舞台は謎を多く残したまま12年経過した「X・Y」のミアレシティへ。
都市再開発というテーマ: 草むらを歩くスタイルから、都市そのものを舞台にする進化。ツッコミどころ(人に問答無用で攻撃してくるポケモンがあちこちにいる)はあれど、そこにポケモンがいて人と共存している世界。令和のゲームは「不便さ」が削ぎ落とされ、圧倒的にスマートになりました。あの頃のドット絵では表現しきれなかった「世界の息遣い」をひしひしと感じています。
🩺 時代は変われど「ハードウェア」は変わらない
ゲームがドット絵から3Dへ、そしてオープンワールドへと「神アップデート」を繰り返しても、実は変わっていないものが一つだけあります。
それは、それを受け取る私たちの「身体(生体ハードウェア)」です。
平成: 画面の暗さや小ささによる「物理的な目・首の疲れ」。
令和: 没入感の高さゆえに脳が興奮し続け、まばたきを忘れることによる「MP(神経)の消耗」。
ゲームを最高のコンディションで迎えるためには、実は平成の頃よりも「意図的なケア(バフ)」が重要になっています。没入感が高すぎるからこそ、身体がSOSを出していることに気づきにくいからです。
✅ 結論:一生「冒険者」でいるために
金銀でウツギ博士から最初の1匹をもらった時も、ダイパで雪山を越えた時も、そして『Z-A』での新たな冒険をしている今も、ワクワクの本質は変わりません。
「懐かしい」という思い出を大切にしながら、最新の技術を全力で楽しむ。 そのためには、いつの時代も「動ける体」という最強の装備を整えておくことが、一番の攻略法です。
みなさんの最初の相棒は誰でしたか?私は「ワニノコ」でした(『Z-A』でも「ワニノコ」を選びました)!
ぜひコメントで教えてください!
「長時間のプレイで疲れたら、こちらの『エスナ(首肩ケア)』を試してね」
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